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母の日はアメリカでは南北戦争終結直後の1870年、 女性ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを 戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり 「母の日宣言」

こんにちは、デラセラの酒好きシェフとみたです。

5月のゴールデンウイークが終わり、一宮市は快晴です。

みなさん、いかがおすごしでしたか?お客さんにお聞きすると

お出かけになって、人ごみがすごかったそうです!

人・人・人・・・・

渋滞・渋滞・渋滞・・・・

10連休の方が多いとどこもかしこも多いかも。

さて、5月12日は母の日ですね。第2日曜日と決まっているそうです。

お母さんが、お休みの日ともいえるかも知れませんね~

写真は、コース料理の母の日メッセージのサンプルです。(写真入りカードは、1週間前より)

ちなみに、母の日はアメリカでは南北戦争終結直後の1870年、
女性参政権運動家ジュリア・ウォード・ハウが、夫や子どもを
戦場に送るのを今後絶対に拒否しようと立ち上がり
「母の日宣言」(Mother’s Day Proclamation)を発しました。

ハウの「母の日」は、南北戦争中にウェストバージニア州で、
「母の仕事の日」(Mother’s Work Days)と称して、
敵味方問わず負傷兵の衛生状態を改善するために
地域の女性を結束させたアン・ジャービス(Ann Jarvis)の
活動にヒントを得たもので、結局普及することはなかったようです。

ジャービスの死後2年経った1907年5月12日、その娘のアンナ・ジャービスは、
亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、
白いカーネーションを贈りました。

これが日本やアメリカでの母の日の起源とされています。

アンナの母への想いに感動した人々は、母をおぼえる日の大切さを認識し、
1908年5月10日に同教会に470人の生徒と母親達が集まり最初の「母の日」を祝った。

アンナは参加者全員に、母親が好きであった白いカーネーションを手渡しました。

このことから、白いカーネーションが母の日のシンボルとなりました。
アンナ・ジャービスは友人たちに「母の日」を作って国中で祝うことを提案。

1914年に「母の日」はアメリカの記念日になり、5月の第2日曜日と定められたました。

母の日には、カーネーション。
皆さんきっとこうイメージしませんか?
アメリカから伝わった母への大切な思いが、カーネーションに込められていたんですね。

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